主体性をとるか、体罰をとるか
公開日:
:
最終更新日:2016/12/24
et cetera
引用した記事は、表題通り「部活の体罰なくせるか」というテーマの文章から。
『主体性』
という意味では、まったく同じです。
コーチークライアント
上司ー部下
親ー子供
先生ー生徒・学生
それでも「体罰が場合によっては必要だ」という意見が出てくるのは、
左側の人たちが「手を抜いているから」としか言いようがない。
手を抜いていないのだったら、
「経験していない」・・・「だからその結果を知らない。実感がない。確信がない」
「生徒の主体性に任せる方法を知らない」
「生徒の主体性に任せるときの自分のふるまい方、観察ポイントを知らない」
「今やっているこの方法で正しいか確信がない」
でしかない。
そして、
「自分と違う方法だと不安になる」
「成果が出ないと不安になる」
「表向きの目標と、自分が満足する目標が違う」・・・・主役は生徒なのに
「失敗したくない、成果を出さなければ、という思いが強くなる」
となってきます。
まずは、
「自分が主体性を伸ばすためには?」
を考え、
適切と思える誰かにサポートを求めて
自分の主体性を信じる経験をすることから始めてください。
人って結構、「恐怖から」行動しているんですよね。
~~~~~~~~~
※恐怖:
お金がなくなる。
留年する。
餓死する。
恥をかく。
怒られる。
居場所がなくなる。
信用がなくなる。
自分の人間性や能力のレベルがあからさまになってしまう。など
関連記事
-
チームワークはどこにある? その3
Group Weight Lifting and Tug-of-War Event / prash
-
やった回数か、やった時間か。
> 時間よりも、むしろ何を何回やったかという「回数」のほうが、大事なんです。 > 横尾忠則 (
-
「誰もしていないことをすれば、第一人者になれる」
> 誰もしていないことをすれば、第一人者になれる > 当時は京都大の学生だった永井良和・関西大教授
-
Googleの入社試験問題
『日本人には超難関! グーグルの入社試験とは? http://news.toyok
-
「体験する時間」が文章になるまで
体験する時間 身体で受け止める時間 エッセンスに気づくまでの時間 文章にする時間 メール通信、Ame
-
「ほめる」と「叱る」をするときの盲点
「ほめる」と「叱る」について、ある人の記事で気づいたことがありました。 部下をきちんとほめた
PREV :
やった回数か、やった時間か。
NEXT :
新年おめでとうございます